懐古ism

新しく綺麗なものだけが美しいとは限らない。 古びて傾き、壊れ、錆びつき、朽ちていく物にこそ宿る美しさがある。

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和歌山県 熊野三山周辺被災地レポート (2) 

2012/01/21
Sat. 21:11

熊野三山のうち、熊野速玉大社と本宮大社を結ぶ熊野川沿いの国道168号線。
ここの被害も甚大である。

新宮市熊野川町日足。増水時に電柱の上に絡まったものが残っていた。
下に工事中の橋げたが見えるが、これは被災前から計画されていた国道168号線バイパス。
新宮01
新宮02

この橋の向こうの橋桁が流されたようだ。今は応急措置で何とか軽量車だけは通れるようにしている。
新宮03

この橋の上部まで増水するというのは信じがたい。
新宮04
新宮05
新宮06

ここはたぶん、「道の駅瀞峡街道熊野川」というところである。
「熊野川」と記されていたらしい石碑ならぬ「木碑」。
新宮07

休憩所の屋根も流されている。
新宮09

上の休憩所の背後に見える土砂くずれ。この程度の土砂くずれは至る所にある。
熊野川右岸の国道168号は何とか通行可能な状態に復旧されている(ただしちょっと雨が降るとすぐに通行止め)。しかしこの様子を見ると、左岸の県道の復旧はまだまだ先になりそうだ。
新宮08

これも崩落した左岸道路。崩れた跡に「滝」ができている。
新宮10
新宮11
新宮12
この崩落部分は辛うじて人間が歩いて通れる程度に道が修復してある。しかしここを歩くのは怖いだろう。
新宮13

大きな被害を出した浅里地区の土砂崩れ。
新宮14

軽トラらしきものが土石流で流されている。
新宮15

下も災害の跡だと思って撮影したのだが、違った。これは被災前からある石切り場跡の崖に現れた柱状節理。
地質・岩石マニアの間では有名な場所らしい。
新宮16
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和歌山県 熊野三山周辺被災地レポート (1) 

2012/01/20
Fri. 23:27

実は、この正月休みに、前から行ってみたかった熊野三山に参拝してきた。
神社の周辺には昨年9月の水害の跡がまだ生々しく残っていた。
今回はいつもの記事とは違い、その惨状をレポートすることにする。
那智01-01
熊野三山の一つ、那智大社に隣接する青岸渡寺の三重塔。その向こうに那智の滝が見える。那智大社そのものにも土砂流入の被害があったようだが、今では完全に復旧しているように見受けられた。

しかし那智の滝周辺には災害の爪痕が見られる。下は現在の滝の様子。滝の手前に瓦礫が積もっている。この瓦礫は被災前からあったようだが、被災後その瓦礫が大幅に増えたように見える。
那智01-03

鳥居の右の部分は増水時に削り取られて危険な状態となっている。
右の建物(みやげ物屋?)は辛うじて生き残ったが、危険なため立ち入り禁止となっていた。
那智01-04

那智01-02

那智勝浦の市街地と那智大社を結ぶ道の途中、那智勝浦町で最も被害の酷かった井関の地区を通過する。
那智01-06
上の写真で更地となっている場所には沢山の家屋があった。
下は被災前の同地点の様子 (google streetview)。
那智01-12

下のトタン建造物は何とか生き残っているが・・・
那智01-05

逆から見るとこの様子。これでは再利用は難しいだろう。
那智01-07

この地区にかかるげんどう橋。
那智01-08

この谷筋の上部から大規模な土石流が落ちてきた。この道路も土砂で埋まったと思われるが、何とか通行可能な状態に復旧している。
那智01-09

この地点の航空写真。上が被災前、下が被災後。
井関の被害も著しいが、土石流の「上流」にある西山集落も壊滅状態である。そこの住民の半数近くが行方不明になったという。
那智勝浦被災写真

げんどう橋の横の様子。被災直後のこの地点は土砂のために川が完全に埋まり、天然ダムと化していたのではないかと思われる。今では中央部の土砂を除けて河道を通してある。
那智01-10
那智01-11

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2017-04

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